大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和42年(ラ)285号 決定 1968年3月12日

抗告人 今井晃(仮名)

右法定代理人親権者父 北原茂夫(仮名)

主文

一、本件抗告を棄却する。

二、抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨および理由は別紙に記載のとおりである。

二、家庭裁判所が民法第七九一条の規定による子の氏の変更についての許可の審判をするに当つては、その申立が同条所定の形式的要件を具備するかどうか、およびその変更が氏をたんなる個人の呼称にすぎないものとした新法のたてまえに反しないかどうかを審査するだけではなく、改氏に異議をとなえる者があるときは、かかる反対者側の感情上ならびに社会生活上の利害をも十分に考慮し、両者の利害の比較考量の上にたつて許否を決すべきものと考えられる。

そこで本件についてみるに、一件記録によれば、関係者間の身分関係、抗告人が本件申立をするに至つたいきさつ、および抗告人の父の妻の側の反対理由等につき、原審判の認定するところと同一の事実が認められる。そして右の事実によれば、本件申立は民法第七九一条第一項第二項所定の形式的要件を一応具備しており、抗告人がその氏として現に同居中の父の氏である「北原」を称することは同人の福祉に合致するものといえるけれども、一方、抗告人の年齢の点からして本件申立は実質的には抗告人の父北原茂夫または母今井寿子の意思によるものと推認されるところ、右茂夫は約一〇年も前から妻子を遺棄して抗告人の母である今井寿子と同棲生活をつづけ、その間妻雅子との離婚調停を申し立てたが不成立に終り、他の方法による夫婦関係の調整もつかないまま、雅子や同女との間の嫡出子等の利害感情を無視して本件申立に及んだものであり、しかも抗告人の右改氏が認められるにおいては、抗告人は父の氏を称して父の戸籍に入籍し、妻雅子やその嫡出子と同籍となる結果を生ずるのである。

このようにして、茂夫の妻およびその嫡出子側としては、茂夫より遺棄されたためその後長期間にわたつて精神的経済的苦痛をなめさせられた末、ようやく母子三人の平穏な家庭生活を築き上げてきた今日になつて、これまで夫としてまた親としての責務を果したとはいえない茂夫が自己の婚姻外の子たる抗告人を正式にその戸籍に入れようとすることに対し、かくてはいままで守り抜いてきた正当婚姻家庭の平和がみだされるとしてこれに反対感情を抱くことは、戸籍に関するわが国一般の国民感情として首肯し得るところであり、しかも、氏や戸籍を同じくすることは、旧法時代とは異なり、これによつて何等の身分上の権利義務に影響するところはないものとはいいながら、現在のわが国における社会生活の実情からすれば、かかる非嫡出子が同籍することにより嫡出子女の婚姻に支障ないし不利をきたす事例が全くないとはいえないのであつて、正当婚姻家庭の妻やその嫡出子等がかかる不利益を避けんがために抗告人の改氏に反対することは、これをたんなる感情問題として葬り去ることができず、一種の社会生活上の利益の擁護にほかならないものというべきである。

以上の諸点を彼我考慮するときは、本件においては、父の氏への改氏によつて享ける抗告人の福祉もさることながら、上述の如き正統婚姻家庭に属する妻や嫡出子等の感情上ならびに社会生活上の利益に立脚した反対意思はこれを尊重すべきであり、かく解することが家庭の平和と健全な親族共同生活の維持を目的とする家事審判法の精神にそうものと考えられる。

三、そうすると、本件許可の申立を却下した原審判は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小石寿夫 裁判官 宮崎福二 裁判官 松田延雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例